記者の眼記者の眼

第190回 (2023年4月5日)

 前職の記者時代の思い出話だ。

 

 ある経済団体のトップ人事を追いかけていたときのこと。有力な候補者として、地元の大手流通会社の社長A氏の名前が挙がっていた。長年この団体の要職を歴任しており、親分肌で面倒見もいい。私はある晩、A氏自宅前で帰宅を待ち、率直に質問をぶつけた。

 私「トップ人事にAさんの名前が挙がっています。もちろん引き受けられるのですね?」

 A氏「私はやらないよ。そんな器ではない」

 この言葉を真に受けた私は、当時の職場の上司に、「A氏は否定しています。別の人物ではないでしょうか?」と報告した。

 ところがその数日後、A氏はその団体のトップに就任する。私はA氏の本心を見抜くことができなかったのだ。あらためてA氏に話を聞くと、「周囲がどうしてもというから。断り切れなくてね」。A氏は苦笑を浮かべて立ち去った。

 後日、地元の別の有力者B氏に、ことの経緯を話し、感想を聞いてみた。

 私「A氏は周囲に推されて、火中の栗を拾ったのですかね」

 これに対するB氏の見立てに私はうなった。

 B氏「二川君、それは違う。A氏は最初からトップに就きたかったんだ」

 自分でトップに就きたいと名乗りを挙げるのは、目立ちたがりのようで格好がつかない。周囲に推された形でしぶしぶ引き受けたという体裁であれば、自然にその座に収まることができるという訳だ。

 

 その心理を見抜いたB氏の慧眼には感服。年齢を重ねても、私はその慧眼を持つには至らない。

 

 

(二川)

 

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