記者の眼記者の眼

第120回 (2021年6月9日)

 初めて海外に行った時のこと。変圧器を借りようと、ホテルのフロントで「ボルトコンバーター、プリーズ」と伝えたところ、発音がまずかったせいか、受付の女性ににこやかにペットボトルの水を手渡された。「ボトルウォーター」の聞き間違いだとわかったが、何食わぬ顔で水を受け取り、「サンキュー!」と笑顔を返し颯爽と部屋に戻った。

 

 という失敗談を笑いのネタとして何度か人に話したことがある。もう時効なので白状するが、この小話は一部脚色している。水を手渡されたところまでは事実だが、実際にはそれは受け取らず、苦労して変圧器だと理解させた。受け取ったことにした方が面白いと考え、オチを付け足したのだ。

 

 気心の知れた相手との雑談の中での、この程度の創作はご容赦願いたいが、記者業では御法度だ。記事になりそうなネタをキャッチし、取材で事実を掘り下げていくと、ある段階で「こうだったら面白い」と頭の中でストーリーを創り、検証する。実際にその通りの事実が確認できることもあるが、期待外れの陳腐な結末に落胆することも多い。

 

 一方、予想だにしなかった事実が、創作した物語より面白かったということも稀にある。その時の興奮はなかなか味わえるものではない。それがあるから創作で満足せずに事実を追い求めたくなる。先の小話で言えば、「ヴォルトコンヴァーター」と、前歯で必死に下唇を噛んでみるも全く伝わらず、変圧器を持ち帰るのにえらく時間がかかった。

  

(須藤)

 

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